豊洲のあれ

築地市場の豊洲移転問題の終着点、落としどころは何だろう。

すでに施設を作ってしまった以上、移転しないという選択はないだろう。豊洲を別の施設として再利用するという道もあるのかもだけど、それでは築地の老朽化問題は残ったままとなる。得策ではない。だとすると「いつ」「どういう理由で」移転するかだけなのだろうけど、事態がここまで泥沼化してしまった今、都民を納得させるのは難しいように思う。

都知事や議員の過去にどのような不手際があったかはひとまず棚上げするとして、豊洲市場の安全・安心が危ういと人々に印象付けた発端は「盛土がない」と「地下水が汚染されている」だったと思う。だから、「移転する」という結論ありきではあるけど、それぞれの問題をどう解決すれば移転できるかを考えるのが最も建設的で、かつその方針を示すのが今の都知事に求められていることではないか。

「盛土がない」これは単純に「今から盛土する」で解決だと思うのだけど、いかがだろうか。というかすでに着手してるのかな。それともコンクリートの空洞に土入れても意味ないって話なのかな。知らんけど、過去の経緯についてつまらない言い訳を報告されるよりかは、今後どうするかを教えてほしいと思ってる人は多いんじゃなかろうか。

もう一方の「地下水が汚染されている」これは何というか、もともとこれの対策イコール盛土だったのだろうけど、過去の調査では水質に問題なしだったのが、突然基準値を大幅に超える汚染が見つかって慌てふためいている印象がある。だとするならば、世間には改めて「盛土すれば問題ない」といいつつ、今更それだけでは納得感を得られなさそうなので、新たな水質改善の取り組みを掲げたり、今後も定期的な調査を続ける方針を示すことで「努力する姿勢」をアピールすれば、多少は理解を得られるのではなかろうか。そんでもって、追加の水質調査はそういう対策を検討するために実施しました!そのために時間が必要でした!とか付け加えれば、皮肉は言われるだろうけど、将来的に悪くはないように感じる。

そもそも、個人的にこの話題について当初から思っていたのは、「地下水の汚染って市場と関係あるの?」だった。だって、東京湾や河口付近の多摩川や荒川も、お世辞にも綺麗とはいえない水質だと思うけど、みんな気にもとめず平気で暮らしている。都知事が「食の安全が〜」とまくし立てると多くの有権者がそれに同調するけれど、自分たちの住んでいる土地と豊洲は一体何が違うというのか。それを言うと「豊洲以外は環境基準をクリアしているから大丈夫だ、言いがかりだ」って人は言うのかもしれないけど、今回の移転問題ってそもそも「環境基準を満たしているか否か」なんて単純な数字の問題ではなくて、もはや人々の感情とかそういう次元だろう。だから、より多くの人が納得のいくかたちで安全・安心という名の感情を満足させるには、数字とは別の落とし所が必要だと思えてならない。

…というのを、得体の知れない泡やゴミが目立つ近所の川辺をランニングしているときに考えていた。この川も調査したらヤバい結果が出そうだ。でも私は引っ越してきてまだ半年もたっていないこの土地と、最近少しずつ慣れてきたこの景色から離れようとは思わない。それよりもブラジル産の鶏肉のほうが脅威でヤバい。

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二月初日

高校に再入学して2年目。やっとこの生活にも慣れてきた。

これまで悔いなく人生を歩んできたつもりだったけど、ふと、本当は行きたい大学があったことを思い出し、それならばいっそと、高校の授業から受け直すことにした。我ながら思い切った決断をしたものだ。理解を示してくれた家族には、感謝しかない。

この日も、授業がのんびりと進んでいた。仲の良い友達はまだいないが、教室の風景をみるたびに、別の高校に通っていた昔を思い出す。無機質でつまらない毎日だった。大学受験はただの口実で、本当にやり直したかったのは、あの頃経験できなかった青春なのかもしれない。

あれ、でも収入もないのに、生活はどうしてるんだっけ。会社は、長期休暇だっけ。そもそも、行きたい大学なんてあったっけ。受験なんて、二度と御免だと考えていたのに。一体なぜ、こんな生活をしているんだ。

…という疑問が無数に浮かんだところで、がらがらと世界が崩れて、夢から覚めた。どうやら、目覚まし時計を止めてから、少しだけ二度寝してしまったらしい。ほんの数分の間にみた夢だった。

いつもファンタジーじみた夢しかみないし、起きると大抵忘れているのだけど、久々にちゃんとした世界の夢をみたので、何となく忘れる前に書き留めておこうと思った。まあ普通は、高校に再入学してるあたりから、違和感を持つべきなのだろうけど。

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祖母の誕生日

祖母の入院する病院に、お見舞いに行った。祖母は初期の腎臓癌を患って、一週間前から入院していた。手術は既に終えていて、経過は順調のようだった。今日、抜糸も終えたらしい。

最近の手術は全然切開しなのだと、祖母は少し興奮気味に話した。腹部の白い包帯が痛々しかったが、特に痛みがあるわけでもないようでとても元気そうだった。むしろ病院にいるのが退屈で、早く家に帰りたいと何度も口にしていた。清潔で何でも揃っている病院より、家のこたつで横になりながらワイドショーを観ているほうが居心地が良い、そのほうが病気も治る、と。

一時間以上話したけど、大半は私の結婚のことだった。今の生活は順調か、次はどんなイベントがあるのか、結婚式は挙げるのか、相手のご家族はどんな人か、など。どんな話題でもそうだが、祖母は決して否定するような言葉を使わない。私も相手も結婚式を挙げたがる性格ではなく、周囲の期待に反して消極的であることを話しても、「本人たちの好きなようにするのが一番」と背中を押してくれる。自分が病気で入院しているような状況でも、穏やかな顔で「結婚できてほんと良かった」と何度も言ってくれた。

次に同じような病気がになっても、もう治療はしたくないと祖母は言った。これ以上生き続けるのは、しんどいと。とはいえ、傍から見たら、頭の回転は早いし、まだまだ足腰もしっかりしている。入院だって今回が人生初めてだと言っていたし、風邪を引いている姿すらみたことがないくらい、身体も丈夫そうだ。でも、もういつ死んでもいいという。私は、祖母が周囲を悲しませないために生きているような気がして、こんなに元気なんだから100歳までいけるでしょと声をかけつつ、内心は、祖母の好きなように生きてほしいと思った。

今日は、偶然にも祖母の83回目の誕生日だった。

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加湿空気清浄機

持病のアトピーが突然ひどくなり、かかりつけの皮膚科に数年ぶりに二週続けて行くなどしていた。先生は乾燥が原因と言っていたけど、徐々にというより急に来たので、正直あんまり腑に落ちないでいる。良くないものを食べたからとか、花粉が飛散し始めたからとか、そういう理由のほうが納得できる気がするけど、そうではないらしい。とにかく、乾燥が原因なら、なるべく乾燥しないよう、湿度を保った環境に身を置くよう、気をつけなければならない。

そんなこんなで、この週末は加湿空気清浄機をいろいろ検索したりしていた。実は、今までも何度かこの家電に手を出そうとしたことはあったのだけど、その度に頓挫していた。理由は、何だかんだであまり必要性を感じなかったのと、デザイン性に魅力を感じる製品がなかったから。特に後者のは探すたびに思うことで、「他の家電はデザイン重視のものも増えてるのに、なんで空気清浄機って野暮ったいのばかりなのかなー」と残念な気持ちになってた。自分の中でデザインは性能と同じくらい重要なもの。製品そのものだけでなく、家に置いたときの他の家具との調和なんかも考えるようにしている。

その点、バルミューダと無印良品で売ってる空気清浄機は良いものだと思ったけど、加湿機能がついてない点にあと一歩が踏み出せずにいた。あと両方ともフィルタ寿命が短くフィルタ自体も高価で、本体も高いのにランニングコストもバカにならなさそうで、デザイン、性能の次に考える「価格」という点で最低ランクだった。ていうか無印良品のやつはバルミューダと共同開発って話だし、似たコンセプトになるのは仕方ないことかもだけど。

というわけで、今回も探しながら「どうせ良いものないだろうな」と半分諦めていたのだが、なんと見つけてしまった。値は少し張るけど、デザインも性能も機能も優れている理想的なやつ。ワーオ。何だか今まで冷めてたぶん一気に物欲が増してきて、今にも購入ボタンを押してしまいそうなのですが、今買っても数日悩んで買ってもどうせ開封は次の週末になりそうなので、いったん冷静になってから決断したいと思う。製品名等は次回の更新で。

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情報発信

前の更新からだいぶ日が空いてしまった。

何回か更新を考えた出来事があったように思う。でも、記録しておこうかな、と思っても一度でも更新をサボると、次また同じようなことが起きたときに、前回記録してないことを言い訳にまたサボってしまう。よくない循環。

本来、この場所に意味や価値などない。でも続けていくと、もっと良い文章を残したいとか、せっかくだからカッコ良く思われたいとか、意味のあるものにしたいという欲が出てきて、意味のない文章を書く邪魔をする。この文章を書くのだって、一日でさっと作ったわけではなく、何日か日をまたいでいる。

もともと、ええかっこしいなんだと思う。小さい頃は特に、人から良く思われたい一心で、物事に取り組んでいたように思う。小中学生の頃の、勉強や班長や習い事に勤しんでいたモチベーションがまさにそれ。それが良くないことと安易に断ずるつもりはないけど、大人になった今でもその片鱗があるかと思うと、我ながら少しげんなりする。

何も気にせず、何にも縛られず、自由に、思うままに。

そんな感じで、もっと気楽に構えて、これから更新頻度を少しずつ増やしていければいいなと思っている。

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今更ながら

昨年10月に、従姉の結婚式のために搭乗した、羽田発ホノルル行きの飛行機内で書いたメモ。

寝不足なのに、久々のフライトからか、はたまた前日に栄養ドリンクを飲みすぎたからか、うまく眠れない。
怒涛のような日々だった。単に仕事が忙しい状態は一年前から続いているけれど、今夏にチームリーダーを任されてからの時間密度と責任感は、かつて経験したことのないレベルだった。
その中で、先月末の有給消化のための連休と、今回のハワイ旅行は、ひとつの節目というか、区切りというかゴールというか…。
何度も挫けそうになる中で、「とりあえずここまでは頑張ろう」というポイントだった。
小説やロールプレイングゲームなら、ここで完結してもいいような気さえする。でも、実際の世界は続く。私が死ぬまでずっと続いていく。旅行前にうまく片付かなかった課題や、旅行後に予定しているイベント対応が、帰国したら待ち構えている。

メモはここで唐突に終わり。睡魔に襲われたわけではなく、あれこれ心配し始めたら何が言いたいのか分からなくなり、文章に行き詰まったからだと記憶している。実際、本当に多忙のピークがきたのは帰国後で、あの旅行は通過点だったなと後になって痛感したりした。

自分自身の人生に対する考え方として、「いつ終えても悔いはない」というのは正しい表現ではなく、正確には「今ここで終わってしまえばいいのに」だと、そのとき改めて認識した。今が人生で一番幸せだと自信を持って断言できるのに、こんな生活で本当に良いのだろうかという不安感を常に抱いている矛盾も、きっと同じところから来ているのだと思う。

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ブス界の美男子を目指して

最近見た目を褒められる回数が増えた、ような気がする。

中学・高校時代は皆無。大学に入ってから、100人に1人くらいの割合でイケメンと言ってくれる人がいた。ただし相手はいつも男で、女性はやっぱり皆無のまま。しかも、たいてい他の人がいる前で言われるもんだから、周囲から「全然カッコよくない」「あり得ない」「どこ見てるの」的な批判を、自分だけでなく褒めてくれた人まで受ける羽目になってしまい、毎回申し訳ない気持ちになっていた。もう頼むから言わんでくれと。

それが社会人5年目の今年に入って、そういう場面に出くわしても、何人かは「うんうん」と同調してくれることが多くなった、ような気がする(弱気)。あと一番の変化は女性からも言われるようになったこと。まあ、年齢的にも社会地位的にも、お世辞を言われやすい年代に足を踏み入れていることは重々承知しているが、それでもブサイクと言われるより嬉しい。何よりイケメンと言った人が批判されなくなってきたのが一番嬉しい。ありがとうありがとう。

それでも、生まれながらのイケメンに対しては、勝ち目がひとつも無い。見た目の改善は人並みプラスアルファに努力してきたつもりだけど、それをいくら継続しても決して乗り越えられない壁を感じる。というか越えようとする行為自体おこがましいのだと思う。故に、私のことをイケメンと言ってくれる人が多数派になる日は一生来ないだろう。そして私にできることは、街を歩くイケメンを注意深く観察し、心の中でカッコイイを連呼し、一日だけでいいからあんなイケメンに生まれ変わりたいと非現実な妄想を抱き続けることくらいだ。

とりあえず、久々の投稿がこんなどうしようもない内容になってしまうとは思わなかった。今年も残り一ヶ月。

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ただいまTumblr

Tumblrに復帰した。そしてMediumやめた。いつまで経ってもAndroidから日記書けるようにならないし、アプリも出ないし、デザインも使い勝手もどんどん悪くなるし、日本語じゃないし、と欠点が気になるようになってしまったので、古巣に帰還することにした。

ただいまTumblr。

Mediumに投稿してた日記も移行して、ついでにデザインも変えた。特に意識してたわけではないけれど、結果的にMediumに似た。何なんだ。

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